「33の木々」にまつわる話

2016/12/27

 

「33」という作品数を決めたあと、ふと三十三間堂のことが気になって調べてみると、、どうやら33という数字は世界中の歴史において特別な数であるらしい。

 

古くから神秘主義者たちは重要な節目に33という数を選び、キリスト教でもイエスが生きたのは33年間、古代インドでも33層の世界が描かれている、、、

仏教では観音菩薩が33の姿に変化し衆生を救ったり、33観音から巡り生まれたのが三十三間堂であるらしい。

 

三十三間堂といえば、7年間の交渉の末、内部を撮影したのが杉本博司さん。

先月までの展覧会「ロスト・ヒューマン」でも、やはり33編の物語がユーモア交じりの終末史観によって語られていた。有史から近代へ至り、いよいよ行き詰まった世界(という仮定)の中で、いかにも起こりそうな33の終わりの物語。

 

そんな大きな物語を前にして、店や作家の営いは日々の小さな祝祭や未来のちょっとした予兆のようなものでしかない。それでも美しきことや美味しきものの響きあう瞬間にはたしかな悦びが溢れ出る。

 

小山さんの作品を見ながらただ書き留めたDMの言葉。

それらはなぜか、人の手の届かない場所や、意識の外にあるような空間にそっと佇む「何か」(ipさんの言葉)を連想させるものだった。

 

今回の展示に届く33の木々は何を語ってくれるのだろう。

作品の良し悪しやコンセプトや流行や美醜を超えて、身近な世界で微かな光を発しながら、遠くの世界を見せてくれる何かであって欲しいなあと思う。(きっと彼には大袈裟だと一笑され、それ普通だよと言われるでしょうが、、)

 

ちなみに小山さんの年齢もたしか33歳だったはず。

 

そんな年末の静かな高揚の中で、33の木々の到着を待っています。

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